中央テレビ編集
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自治随想
新しいこの国のかたち、パラダイム転換 ~その2,道州制と完全自治制の提案~ |
| 道州制と完全自治制の提案 日本の未来をつくる会編著「地方分権のグランドデザイン」において田村 明氏は、新しい国のかたちとして、現在の府県よりも広い地域を州として、国をいくつかの州にわける完全自治 「州」 制の実施を提案する (図:日本の未来をつくる会による州領域割り案)。 これまでの地方分権論は中央にある権限をどのように地方に分けるか、 現状の部分的補正が主たる課題であったが、 これからの時代に向けてはもっと抜本的に新しい形を考えるべきだ。つまり中央にある権限をどのように地方に分けてもらうかでなく、 地方が本来持つべき権能をどのように具体的に自立させるのかが課題だ。 単なる分権に収まらない地方主権の領域に及ぶ考えでもある。 振り返ると、 道州制の議論も幾度もあった。 戦後に絞ってみても、1948年には狭すぎ県域を国が将来のブロック化と知事への統制を強める地方行政庁案を出し、55年には民間の関西経済連合会が府県の廃止と国の総合出先機関としての道州制を提案する。 また1989~92年にかけて臨時行政改革審議会は都道府県の広域連合と道州制の検討を答申、2006年には第28次地方制度調査会が都道府県の廃止と道州制の導入を打ち出した。 その後、国は 「道州制ビジョン懇話会」 をつくりその実現を検討している。 道州制議論 を大きく分けると、 国の出先機関としての道州制と、広域自治体そのものになる。「道」とは、古来中央から見て地方を管理する発想だが、現在では地方分権論議の流れに乗り広域自治体として扱うことが主流となる。 現行憲法92条 (地域の自立と自治)もこの立場に立つことから、 完全自治州制は特に憲法改正の必要はなく現行の枠内で、 独立法制定か地方自治法改正で対応できそうだ。 単なる府県統合ではない、地域の自立をより可能にする国割り、市民に身近な基礎自治体政府(市民―基礎自治体―州―国―国際連合―世界)を目指す。 これまでの国のかたちを180度方向転換する試みである。 しかし、課題は山積。 引用図で①北海州から⑨東京特別市までの州の区割り案を見るだけでも、州の同質性を保持しながら多様性への対応、 東京特別市をどうする、 全州協議会、 課税・徴税、財政調整、州都、州政府、州の職員、 現行府県の扱い等々がある。 区割りの中で東京をどう扱うかについては、かつて訪欧時にドイツのベルリンで学んだ「市であっても州と同じ位置づけをする特別市として扱う」ことを思い出す。 特別市は基礎自治体としての性格を持ち、市民の選挙による市長と議員を持ち、一方で首都としての性格を持つだけに中央政府との調整も必要、首都機能を行使するのに必要な問題については国の優先的な立場を認める必要もありうる。 またドイツではベルリンとボンは三権はじめ政府機能の分担を行っている具体例も学んだ。 ドイツのベルリン、ハンブルグ、ブレーメンのように市であっても州と同じ位置付けをする特別市という扱いがよいとする。 また沖縄が州として規模も経済力も最も小さいが、 独自の文化を持つ対等な州として扱い、財政調整の中で対等な生活が可能な適切な措置をとる。 どんな区割り案も万人が 「よし」 とする案はなく、開かれた有識者会議による複数案の中から国民投票で確定するなど工夫が必要であろう。 完全自治州制のねらい 先ず第1には「市民の自治」、民主主義の最も基本である市民から国の形を構築し直すこと、即ち完全自治制という新しい革袋を設け、 従来とは違った状況をつくり、 市民自治への新しい契機を生み出そうとするものである。 その第2は、 基礎自治体を中心にした国土づくりの支援である。 限られた国土と人を最大限に総合的に生かし、安定した豊かな市民生活を築く主体が「市民の政府」としての基礎自治体である。 その基礎自治体が自主性を持って地域の運営をするためには、これまでの府県とは全く方向性を変えた新しいシステムとしての完全自治州制にする必要がある。言わば、州は市民・基礎自治体の側に立つ総合事務局となり、その活動をサポートするものであり、中央の出先機関であった府県とは180度違うのだ。 第3の狙いは官僚主義からの脱皮である。 完全自治州制では従来の中央の官僚機構を解体し、新しい組織として州をつくり、 その新しい州という組織では様々な市民活動を支援する一方、官僚主義に陥らないように人事交流や民間(企業・公益団体・NPOなど)の力を引き出す工夫をする。 第4の狙いは、人材の活用と各地域の競争だ。 各州が工夫を凝らしてその特性を育てる政策を実行し、州の間で一種の競争関係が生まれ刺激し合い互いに活性化してくることが期待できる。こうなれば中央にだけ偏っていた人材を地方にも配分することができるし、有能な人材を地域に引き留めることにもなる。 人々は州や基礎自治体の政策を見て、 自分の住むべき本拠地を選ぶだろう。 地域間の良い意味の刺激になり、人々は地方に新たな魅力を見出し、 東京偏重を改めさせる多様な自由選択度が生まれるであろう。そうなれば第5に、国と地域の役割分担が実質的に可能となる。 中央政府は基本的なこと以外の細かい内政の仕事の多くから解放され、 重要な限定した役割に専念することができる。 これまでの国はあまりにも細部に至るまで地方にかかわりすぎたきらいもある。 実態から遊離している国では画一的になるし、迅速性や応用性にも欠けて適切な政策に欠けがちだ。 故に国の役割が限定されることにより、 大局的な立場と視点が与えられよう。 また地方もなんでも国に頼るという依存的な構造を変えて、 自主的な知恵でその責任を果たそうとするようになろう。そして第6に国際社会との多様な関係の展開も進むに違いない。 基本的には公式な外交は国が行うが、 グローバル化が進む今日、国レベル以外でも多様な国際関係を持つべきであろう。国相互の関係では建前優先の局面が多いが、 国以外に地域の州や基礎自治体が、国外の自治体や団体ともっと自由度のある柔らかい関係を持つことで建前主義の国際関係に柔軟性と奥行きを持たせることができる。 もとより経済関係は民で行われているが国の政治に左右されやすい。 学術、文化、 人道支援などについては政府と関係なくても国際交流が行われる今日、広い意味での「民際外交」 がとかく緊張しやすい国の外交を補うであろう。 完全自治州制実現への手順 明治以来の国のかたち、中央指導の官僚システムを根本的に変えるために地方分権の議論が続く。その内容は別に革命的なものでなく、地域を愛し誇りと責任を持つ市民と基礎自治体を礎に据えるのは民主主義の原点であり、これまで日本の場合は不十分にしか行われなかっただけである。 良識ある市民が育てば自治は当然のことであり、 完全自治州制はそこへ移行するための大きな機会をシステム的に創り出そうというものだ。 その手順としては、 先ず基本的な議論のなかで、 市民―基礎自治体(市民の政府)―完全自治州―国というかたちを浸透させる。 さらにかたちと制度について広く議論の上で案をまとめる。 その後の適当な時期に完全自治州制の国民投票を行い、慎重に実施時期を見極めるといった10年を超えるパラダイム転換の取り組みは、 変化の激しい時期にそれでは遅すぎるとの声もありそうだ。 しかし、今後の世紀にわたる基本を定める大変革だけに、十分な市民的な認識と展望の下に慎重に行われるべきだろうし、実験的に北海州、沖縄州などを先行させる試みも考えられる。 現在の地方分権論議の多くは、 全体の構造をそのままにして内装だけをリニューアルする小規模な補修工事ではなく、もっと基本構造から立て直して次の時代に対処してゆこうとするのが完全自治州制の基本といえる。 即ち完全自治州制は、この国の人々が自ら責任をもってより良き国土を創っていこうという意欲が前提となる。 その過程では既得権益に固執する人々も多く、現状のままでは未来に希望が持てなくなってしまう。 些細な既得権益にしがみつくばかりでは、この国の青年たちが希望を失い次世代の人々を育てていく意欲に欠けてしまい、それではこの国の未来はなくなる。 すでに成熟社会に達している現状では、 押し付けや統制では人々は動かない。 人々が自らの地域に責任と愛情を持つことを自覚し行動しなければ、人も国も十分に生かされない。 人がやる気を出すことによってはじめて未来に希望が持てよう。 完全自治州制はそうした社会に転換するシステムである。 実務的な諸問題は多いだろうが原理は簡単、泥船的な現状手直しで行くか、根本に立ち返って真の民主主義社会をつくり上げるかの分かれ道だと言えなくもない。 ![]() (徳島文理大学総合政策学研究科教授 西川 政善) |
