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中央テレビ編集 


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日出晴夫の○×△□な話

今月は、芝居の話(徳島市民劇場のこと)を致しましょう。 

皆さんは、徳島市民劇場を御存知でしょうか?一言で言ってしまえば「会員制の演劇鑑賞団体」というべきでしょう。ネットで「市民劇場」で検索していただければ、多くの地域、場合によれば海外でも、よく似た組織・団体が検索できます。その中には、徳島市民劇場もあります。では、一体、どんなことをしている組織なのでしょうか?          
       

URL;http://www.infoeddy.ne.jp/tsg1960/

 上記のURLより検索していただければ、かなりな情報を得ることが出来ます。是非、アクセスしてみて下さい。私も立派な会員の一人であると自負しております。

◆出自は、労演(勤労者演劇協会)なんです。
 では、労演とは、何だったのでしょうか?『勤労者演劇協議会の略称なんです。戦後、「民主的,民族的な演劇の普及と発展」のために勤労者の組織した新劇鑑賞団体として戦後民主化の過程で成長した組織です。1948年7月に発足した東京労演が最も古く,以後,49年大阪労演,54年神戸労演など全国各地で労演の結成が見られたものです。全国組織として、63年7月全国労演連絡会議を結成したという歴史があります。
 鑑賞公演選択は,会員が企画,決定し,毎月あるいは隔月に例会 (観劇会) を持っています。70年代以降は「労演」という名称を避ける傾向にあり,「市民劇場」という名称が一般的になっています。

◆懐かしの『大阪労演』
 70年代の後半は、私自身の青春の1ページとも言う時代であり、貴重な学生生活の時代でした。大阪で劇団民芸の「セールスマンの死」滝沢修主演を観たことが契機となり、観劇を始めたわけです。滝沢修の鬼気にも満ちた表現力、その舞台は、今でも鮮明に記憶に残っているものです。
 徳島へ帰郷してからも数年は継続したのですが、何故か心が変わり、この世界より遠ざかりました。
 その後、20年が経過、2007年、永年の友人より大阪労演解散のニュースが報道されました。ずっと観劇活動を続けていた彼は、私に復活の誘いを向けました。その場は適当に受け流していたものの、その翌年、創設以来の大阪労演事務局長の岡田文江さんの訃報を聞いたものです。戦後早々の新劇運動を識る先達でもあり、いろんな教えをいただいた師でもありました。享年、91歳でした。一つの時代の終わりを感じたものです。
  その頃、齢50歳半ばを越える時期を迎えていた私は考えるところもあり、人生論の語りもしてみたくなっていました。徳島エコノミージャーナルでの話題が、世界観、仏教的循環論、唯物論的発展段階説暦、歴史論などが多くなってもいました。

再度の観劇活動へ!!
 
2010年の夏、市民劇場へ再度、入会したわけです。最初の舞台が、劇団銅鑼の「流星ワゴン」、重松清の観念劇でした。それ以降、殆どの例会に参加しています。記念すべき劇団なのです。

 2013年には「はい、奥田製作所」で、鈴木瑞穂さんという名優との再会を果たせてくれました。 

 

 そして、今回の5月例会も劇団銅鑼です。ストーリーは?

 

企業弁護士として活躍する真理子のもとに、幼くして別れた父が病気だという知らせが届く。かつて住んでいた家を訪ねてみると、そこはホームレス支援団体の拠点となっていた。炊き出しに集まる人たち、保護されている人たち。思ってもみなかった父の生き方に戸惑いをかくせない真理子。そこに現れた一人の男。…真理子の抵抗むなしく、どうしようもなくめんどくさいことになっていく…

 

 この劇団の特徴は、「何か、考えさせられる」舞台を提供してくれることだと認識しています。簡略化された舞台装置は、それ自体として、存在感があります。

 人の世は、住みにくもあり、面倒なものかもしれませんが、捨て難くもある・・そんな想いを抱かせてくれる筈です。お勧めの舞台です。

             (日出晴夫、中小企業診断。阿南市在住 https://www.facebook.com/haruo.hinode )